庭づくりに100点満点はない長い歳月と手をかけ、美しさを極める。 庭づくりに100点満点はない長い歳月と手をかけ、美しさを極める。

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Like a hotelに関わる人々の
価値観とモノづくり

Issue : 02

造園家 庭蒼 熊谷 崇さん

庭というキャンバスに
信州の里山の風景を描く

庭づくりに100点満点はない
長い歳月と手をかけ、美しさを極める。

穏やかで、どこか懐かしい信州の里山。その風景を住まいに取り込んだのが、『Like a hotel』のモデルハウスです。端正な雑木の庭がどの窓にも美しく収まり、家と庭が混然一体となって静謐な世界観を作り上げています。この庭を手掛けたのは、塩尻市の造園会社「庭蒼」代表の熊谷崇さん。県内外の同業者からも注目を集める熊谷さんの庭づくりとは?

造園の世界に飛び込んだきっかけは、どのようなものでしたか。やはり幼い頃から、植物に親しんでこられたのでしょうか。

植物への興味は、正直まったくなかったです(笑)。僕が好きだったのは、美術や外で体を動かすこと。「手に職をつけたい」と進路を考えたときに、クリエイティブで体力もいる造園業なら、自分に向いてるんじゃないかって。そこで地元の造園会社に入って、8年間修業しました。独立したのは27歳の時。地元・塩尻市に、造園会社「庭蒼」を設立しました。

独立からもうすぐ20年ですね。長年庭づくりに打ち込んでこられた熊谷さんにとって、“良い庭”とはどんな庭ですか。

その土地の気候風土に合った植物を使って、美しく魅せる庭です。日本の伝統的な庭には“写景・縮景”といって、山野の風景を庭という小さな世界に再現する技法があります。今回手掛けたモデルハウスの庭にもすべて長野県産の木を使い、身近な里山の風景を表現しています。

絵ではなく植物で、風景を描く。まさにアートですね。美術がお好きだったという熊谷さんらしい発想です。木の選定や配置に悩むことはないのでしょうか。

正解は自分の中にあるのではなく、与えられた条件を見定めることで、おのずと導き出されます。条件とは、庭の環境や付随する建物、暮らす人などですね。大きさや樹形、乾燥や強い日差しへの耐性などをふまえ、条件に合う植物を当てはめていくという感覚でしょうか。

「庭蒼」では所有する山で在来植物を育て、庭木として使われているそうですね。採ってくるだけでも大変な手間がかかりますが、地産地消の庭づくりにこだわる理由は?

市場に行くと、山から下ろしてきた木を見かけることがあって。そういう木からは、生き生きとしたエネルギーが伝わってくるんですよ。特に長野県の木は、過酷な環境下で風雪に耐えて育っていますからね。畑でぬくぬく育つ木と違って、挫けそうになっても日の光を求めて逞しく伸びる。
その最たるものが、成熟させた樹木の姿を小さな鉢の中に表現する盆栽ですよね。それを庭で表現しても、僕は面白いと思っています。庭を眺める人たちに、美しく生命力溢れる植物のエネルギーを感じてほしい。そんな思いで、庭木を生産しています。
日本庭園には本来、「気候風土に合ったものを使う」という考え方があって、植物が元気に育つという利点もあります。庭をつくり始めた大昔の人には、庭木を生産する技術なんてなかったでしょう。きっと、近くの山から木を下ろしていたはずです。僕たちは、“昔は当たり前だった庭づくり”をしているんです。

造園の仕事のどんなところが一番好きですか。

絶対に100点満点を取れないところです。庭が完成したらおしまい、じゃないんですよ。建築物と違って、庭木は毎年伸びるので終わりがありません。毎年剪定で樹形を整えながら、長い歳月をかけて満点を目指し続ける。そうやって少しずつ庭を育て、美しさを追求するところに、この仕事の奥深さがあります。

植物は、刻々と姿を変える生き物ですものね。そうなると、庭木を剪定する技術も非常に大切ですね。

その通りで、僕は毎年剪定に入らせていただくことを前提に庭づくりをすることが多いんです。来年再来年を見据えているので、庭が完成して満足することはありません。先を見越して剪定しても、なかなか思い通りにはいきませんが、だからこそやりがいがあるんですよね。
身近な植物の生きる姿を庭で表現し、剪定で美しさに磨きをかけていく。それを突き詰めていくことで、盆栽のような究極の価値を生み出したいと思っています。

今回手掛けられた『Like a hotel』の庭のコンセプトについてお聞きします。どのような発想で、庭をつくられたのですか。

ここは家と庭が区切られておらず、ゆるやかに繋がっていますよね。どの窓も庭が映えるように配置されています。こうした設計の意図をくみ取って、室内にいても外にいるような感覚になれる庭を目指しました。
この家のテーマである“静謐(静かで穏やかなさま)”を、どう解釈するかは相当悩みましたね。庭木は少ない方がいいのかな……とかね。最後には、静謐感は季節が表現するものだという答えに行き着きました。秋や冬に葉を落とす落葉樹が、静けさをたたえた風景を描いてくれるでしょう。

この庭の見どころは、どんなところでしょうか。

まずはアプローチです。信州らしい里山の風景と現代建築のギャップが面白いでしょう。家とも庭ともつかない、あいまいな空間に仕上げました。リビングから眺める庭は、例えるなら里山の頂上。ヒノキやヤマモミジ、コナラといった高木のみを配置して、見晴らしの良い爽快感を演出しました。和室の窓には、盆栽の世界観とも通ずる静謐な庭。あまり成長させずに絵を作り込むような植栽構成にし、枝ぶりにもこだわりました。

近頃は庭がない家も珍しくありません。でもこの庭に立つと、木々の緑が五感を満たしてくれると感じます。熊谷さんにとっては、庭の魅力とは何でしょう。

自宅に庭を持つようになって、庭との日々は記憶に残るということを知りました。初々しい新緑がやがて紅葉し、四季折々に花が咲いて実がなる喜び。土の香りや鳥のさえずりだって、すぐに思い出すことができます。晴れの庭もいいけれど、雨の日も雪の日もいい。自然の営みに触れるたびに心が穏やかになって、知らず知らずのうちにエネルギーをもらっているんですよね。
庭があれば、人生はきっとものすごく変わります。でも映画のようなドラマチックな感動はないし、すぐには変化に気付かない。ささやかな喜びが少しずつ積み重なって、いつしか人生を豊かに広げていくんです。
例えば、山野草や苔が綺麗に生えているところに草が伸びてきたら、抜きたくなるでしょう。そんな気持ちになってもらえたら、僕は一番嬉しいんです。庭を美しくする、その時間もかけがえのない記憶になっていくはずだから。