五感の先にある「居心地のよさ」を求めて。建築というジャンルを超えて、表現するもの 五感の先にある「居心地のよさ」を求めて。建築というジャンルを超えて、表現するもの

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Like a hotelに関わる人々の
価値観とモノづくり

Issue : 01

建築家 深山知子一級建築士事務所・レトノ
深山 知子さん

「心の調和」を軸に
心地よく、美しい建築を目指す

五感の先にある「居心地のよさ」を求めて。
建築というジャンルを超えて、表現するもの

「Like a hotel」の思想を形にする建築家として小山木材がパートナーシップを結んだのは、富山市を拠点に活動する深山知子さん。静謐さに満たされた空間を目指し、光、陰影、植物、空間の質を繊細に重ね合わせて紡ぐ住まいは、暮らしながら住み手の感性を育ててくれます。「心の調和をもたらす建築」を目指す深山さんに、空間づくりへの想いをお聞きしました。

深山さんが建築を志そうと決めたときのことを教えてください。

地元富山の高校の図書館で、村野藤吾さんが設計した「谷村美術館」の写真を目にしたことがきっかけです。まるで地面から生えているかのような、砂漠に立っているような造形で、普通の高校生だった私にとって見たことのない建築でした。写真はモノクロでしたが、光の入り方が素晴らしかったことを鮮烈に覚えています。「これが建築というものか」と衝撃を受けて、それをきっかけに建築学部に進むことを決めました。

現在は住宅をメインに手掛けていらっしゃいますね。設計するうえで、大切にしていることはなんですか?

私はずっと「心の調和をもたらす建築」をコンセプトにしています。その思いに至った理由は、大学卒業後に就職した会社で、賃貸住宅の設計を担当したことでした。注文住宅は住む人の希望や想いを聞いて設計を考えますが、賃貸住宅の場合、設計の時点ではどんな人がここに暮らすのか分かりません。設計の拠りどころをどこにするか考えたとき、「誰が住んでも居心地がいいと思える空間をつくろう」と思いました。一人ひとりが求める居心地のよさも大切ですが、すべての人に共通した「集合的無意識の居心地のよさ」を考えることも必要なのではないか、と。

人間が潜在的に感じる居心地のよさを探ろうと試みたのですね。難しそうですが、どのような道筋で考えていったのでしょう?

例えば、人間を構成するものは何か。体と心と魂なのか。また、人の心はどのような構造なのか。人が本能的に持つ習性とは何か……。こうした普遍的な問いから導かれた「居心地のよさ」は、言うなれば人類に共通した感覚です。それを散りばめた建築に身を置けば、誰しも心の調和を感じられるのではないか。言葉で表現されるのではなく五感で感じるもの、さらに五感を超えて響くものを、建築に内包できるのではないかと思うようになりました。

建築というジャンルを超えて、人間という存在の根源にまでさかのぼって考えたのですね。

人類の進化の歴史、心理学、宇宙の歴史、物理学。あらゆる人に居心地がよい空間を求めて、分野を超えて広く学ぶことは、私にとって喜びでもあります。私自身も興味がある分野なので楽しいですし、学んでいくうちに、不思議とすべての領域がつながっていると感じられる。その感覚を、建築に反映することを試みています。
例えば宇宙の歴史を振り返ると、ビッグバンで宇宙が誕生し、さまざまな元素に続いて炭素が出現して、有機物である私たち人間の体ができました。私が住宅の窓に木製サッシを使うのは、木が人体と同じ有機物だから。人と木は親和性が高いから、潜在的に心地よさを感じるのです。私が導いた、心地よさに対する一つの答えです。

人間の習性から導いた設計には、どんなものがありますか?

例えば光について。人は、暗い所よりも明るい方を見る習性があります。玄関はあえて光を絞り、奥に続くダイニングを明るく設計すると、視線が抜けて外へ向かい、空間を伸びやかに感じます。トップライトを設計するのも採光のためであるのはもちろん、光が上から注ぐことで自然と顔を上に向けるから。上を向くと、前向きな気持ちになるでしょう?
特に、朝の光を感じることを大切にしています。「Like a hotel」のモデルハウスのダイニング東側にトップライトを設計したのも、朝日を見上げると一日の始まりが変わるから。こうして建築で心を動かすことを目指して、設計に取り組んでいます。

施主自身も気づいていない潜在的な心地よさを提案することが喜びなのですね。

確かにそうですね。お客様にヒアリングした内容を単純に反映して設計するよりも、言葉にならないような、心の奥にある本来の要求を反映することが、建築の醍醐味ではないかと思います。

「心の調和をもたらす建築」が、深山さんの軸にある。デザインとのバランスはどのように考えていますか?

建築は選択の連続で、プランにも素材にもディテールにも無限の選択肢があります。作り手としては迷うことが多く、例えば時代のトレンドを意識したりすると、どうしても判断が揺れてしまう。けれど自分のなかに「心の調和」という一つの軸を持ち、そこにフォーカスして素材やデザインを選択していくと、できあがったものにブレがなく世界観も統一されます。人の多様性を超えたところ、誰もが求める心地よさは、きっと「心の調和」にある。それをしっかりと意識して、建築をつくっていきたいと思っています。

そうした感覚は、いつから意識するようになったのでしょう?

建築の仕事を始めて、さまざまな建築を見たり学んだりするなかで「なぜこの空間は気持ちがいいのか」という問いに、自分なりの答えを必ず見つけるようにしていました。間違ってもいいから、答えを見出していく。そこには方程式のようなものはなく、「全体のバランスで心地よさが決まる」と言ってしまえばそれまでなんですが、言葉に落とし込むことを大切にしてきました。そのヒントになったのが、建築以外の歴史や心理学、宇宙の歴史、物理学といった領域だったのです。

歴史をさかのぼって人間本来の性質や習性にアプローチすることが、理論的であると同時にとてもユニークだと思いました。

人間の住まいの歴史をたどると、始まりは洞窟です。獣のような強い爪も牙も持たず、柔らかい皮膚に覆われた人間にとって、外敵から守られる安心感こそが住まいの絶対条件でした。厳寒の雪景色も、安全で暖かい室内から眺めるからこそ美しく感じますよね。
安心感が満たされると、人は次に開放感を求めます。私は住宅設計において「内包感」と「開放感」という相対する感覚を意識しますが、提案するのは内包感を高めた住まいです。人は本能的に壁や天井で守られる安心感を求める生き物であり、開放感が大きいとどうしても疲れてしまうから。広い空間で過ごすとき、中央ではなく端の方を選ぶ人が多いですよね。心理学を学んでも、人は安心感を一番に欲する生き物であることがよく分かります。

内包感とは、具体的にどのような表現なのでしょう?

例えば開口部と壁の比率や、開口部と天井の高さのバランス、使う素材。一つの要素で決まるものではなく、空間全体で決まるものですね。

建築において、光と陰影も重要なテーマです。心地よさをつくるうえで、どのようなことを意識していますか?

陰影には、陰=光の当たらない所と、影=光がものに遮られてできる暗い部分の2種類があります。英語で表現すると陰はシェード、影はシャドー。例を挙げると、障子に外の植物の葉っぱの影が揺れる様子はシャドー。対して、天井と壁の境目に生まれるほのかな暗がりがシェードです。この暗がりにこそ人は安心感を覚え、先ほどお話しした内包感を感じるのです。
シャドーは方角さえ考慮すれば簡単につくることができますが、シェードの微細な暗がりを建築で意図的につくり出すことは容易ではありません。光を設計することは、陰と影を意識して設計すること。対極にあるものを同時に存在させ、そのバランスを整えることによって、居心地のよい空間につながると考えています。

植物の存在も重視していますね。「Like a hotel」のモデルハウスでも、ガーデンデザイナーと一緒に美しい庭を生み出しています。

庭の植物を際立たせることには、常に焦点を置いています。建築には基本的に動くものは存在しませんが、唯一、植物だけが風に揺れて動きます。人は動くものに目を向ける習性があるから、庭の植物に視線がいきやすいのです。
このとき、植栽の背景となる塀や壁を立てることで、緑がぐっと際立ちます。室内から見たときに背景になる面がないと視線が隣地まで抜けて、植物が単なる通過点になってしまう。背景があることで植物の存在が際立ち、そよそよと風に揺れる葉の動きや、昨日までつぼみだった花が咲いたといった微細な変化に気づくことができる。そうした発見も、心の調和につながります。

外観と室内、そして庭。深山さんの建築は、それぞれが共鳴し合い高め合っていると感じます。住まいを設計するとき、最初に考えることはなんですか?

基本的に、ダイニングの設計から始めることが多いです。心の調和を目指すために、1日のスタートであるダイニングを心地よい空間にしたい。ダイニングテーブルに座ってどんな景色が見えるのかを大切に考えますし、朝の光を取り入れる東向きの開口も大切にしますね。北側の光が安定しているという考え方もありますが、光の温度を感じられる南側や東側の開口をメインに考えることが多いです。

最後に、これからやりたいこと、目指す姿を教えてください。

建築の領域を超えて学んでいることを、もっと建築に還元して散りばめていきたいです。そうすることで、五感を超えたものを住み手に感じてもらいたい。それが今、私の目指すところです。

建築家 深山知子さん

( 深山知子一級建築士事務所・レトノ )

1971 年 富山県生まれ
2012 年 GOOD DESIGN 賞
2014 年 第 45 回富山県建築賞
2019 年 第 49 回富山県建築文化賞建築賞受賞(けやき通りの家)